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撮影報告 『喜劇 愛妻物語』

   


 

猪本雅三 INOMOTO MASAMI JSC.




 本作は、昨年の東京国際映画祭コンペティション部門に選出されて、最優秀脚本賞を受賞した。 

 足立紳監督から、「次回作は、自分たち夫婦を小説にした『乳房に蚊』(後に『喜劇 愛妻物語』に改題)を映画にするから。」と告げられたのは、1996年の『14の夜』を撮った後だった。キャスティングが決まらず、来年、また来年と延期され、昨年、2年越しでやっとゴーサインがでた。その頃には、資金提供予定のスポンサーも離れてしまい、低予算に。やむなくキャメラ機材は全て私物で、SONY α7sとBlackmagic Pocket Cinema Camera 4KとPLマウントZeiss standard T2.1 単玉セット。地方ロケのロードムービーなので、バックアップ機材としてα7sをもう1台予備として用意した。コーデックは、S-log2のProres HQとBlackMagic RAWをHDと4Kサイズで外部収録する。

 足立紳監督の原作小説は、高速でうどんを打つ女子高生を映画化するために、脚本家のダメ夫(濱田岳)と鬼嫁(水川あさみ)と娘(新津ちせ)が四国・高松へ取材旅行に行く物語。ダメ夫は、普段からセックスがやりたくても受け付けてくれない女房を旅先で誘うが、肘鉄をくらう。夜中にひとり寂しくネオン街に赴くが、金もなく、酔っぱらいの女にちょっかいを出そうとして警官に捕まり、女房が激怒・・・。この怖い奥さんと情けない夫のモデルは足立紳夫妻で、各エピソードが創作かと思いきや実録だそうだ。娘役は『パプリカ』の歌でおなじみ、新海誠監督の実娘である新津ちせ(9)だが、未成年であるため、夜20時までの撮影を厳守せねばならない。高松ロケでの日没は19時過ぎなので、夜の屋外ロケはほとんど時間がない。準備段階から、子役が登場する夜間ロケは、遮光できる場所を探してもらったり、疑似夜景できるロケを提案した。今まででも森の中や海岸で疑似夜景をしたことがあるが、今回は地方都市の街中が舞台設定なので、つながりとしても無理だと判断し、時間設定を深夜から明け方にしてもらった。それでも屋内場面での夜の分量が多くあり、スケジュール的に昼間から遮光しても、20時までに子役出演カットをあげるのは難しい。そこで、場面の後半には子供は寝ている設定にした。ロケセットに寝ていても、20時以降は画面に映り込む可能性もあるので、ダミー人形を置いて布団をかけて、そこに寝ているように工夫た。 

 交通費を節約する一家は、青春18きっぷを使って、東京から鈍行列車で12時間かかって、高松まで行く。宿泊先も、激安ホテルのシングルベッドに3人で泊まる貧乏旅行だ。リアルに狭い場所での撮影なので、私とフォーカスマンとマイクマンのみで、その他のスタッフは廊下に出てもらった。ユニットバスの場面では、さすがにカメラの引き場がないので、ミラーを置いて、その中の反射画面を切り取って撮影した。 

 濱田岳と水川あさみのコンビは、激しい喧嘩で罵倒し合う長台詞があり、カットを割らずに撮るように心掛けた。でも妻の夫への罵倒は、実は愛情の裏返しで、叱咤激励でもある。私も撮っている最中に、自分の妻に言われている台詞のようで痛かった。最後の川沿いでの夫婦喧嘩のクライマックスでは、脚本上では夜設定だったが、子役の20時制限の関係で夕景にしてもらった。監督は、この場面の演出をスウェーデン映画『フレンチアルプスで起きたこと』を参考にしていると言っていた。台本4ページにわたりワンカットで撮りたいと監督に言われて、予備カメラを含め3台同時に追いかける。炎天下のせいかキャメラが1台不具合のトラブルがでて、急遽スチールさんのα7s Ⅱを借りて何とか間に合わせた。日没まで、川向うのラブホテル街にネオンが点灯するのを天気待ちして本番。手持ち撮影で録音部ベースにぶちあたったりしたが、最後、墓石ごしに親子3人が泣き笑い、抱き合う。その背後にラブホテルの自由の女神像が見守っているようで、シュールな構図に撮れた。 

 香川県小豆島から始まった高松ロケも終わり、帰京。親子3人の住まいは、足立夫妻が住んでいるリアルセットである。クランクイン前にも、3人のキャストを招いて、リハーサルをしている。すでに親子のリアルな関係性が板についていて、それを見守っているスタッフも演じているキャストも、笑いが絶えない現場でした。 



 クランクアップの撮影は、巣鴨商店街にある赤パンツ屋の回想場面。若い女房が売れない脚本家の夫のために、健康と成功を祈って『幸福を生む赤パンツ』を二人で買う。女房がボロボロに擦り切れた赤パンツを履き続けているシーンは哀愁がある。 

 『喜劇 愛妻物語』のタイトルは、新藤兼人監督脚本『愛妻物語』(1951)からの引用である。設定は同じであるが、人情喜劇として夫婦の日常がおかしくもあり、身につまされる厳しい現実の裏に隠されている献身的な妻の思いやりと夫の愛情が、審査員の心を揺さぶり、最優秀脚本賞として評価されたのだと思う。 

 撮影が終わった数日後、私の誕生日に偶然にも、うちの女房が「幸福を生む赤パンツ」をプレゼントしてくれたのでびっくりした。「えっ!台本読んだの?」と聞いたら、「いや、知らない。還暦だから。」と言われた。

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本荘在右 HONJYOU ARYUU

 撮影報告というより感想文となってしまうことをお許しください。

 猪本さんの映画と言えば全て私物機材なので、機材チェックは猪本さん宅で行う。場所は立川からバスで15分ほどで、緑がいっぱいのためか、外でレンズチェックしていると、いつも蚊に刺される。立川の蚊はゴツくて刺されるとかなり腫れて痒すぎる。そうこうしていると猪本さんの奥さんがとうもろこしを持ってきてくれた。とりたてのなので生で食べてもいいとのことで、お腹も空いてきた所だったので、試しにかぶりつくと信じられないくらい甘くて美味しい。猪本さんの奥さんは、搾りたて牛乳で作ったアイスを牧場に食べに行くタイプらしく、オーガニックに生きている素敵な方である。

 チェックおわりに駅まで車で送ってくれることもあり、猪本さんの助手はみんな奥さんが好きなはずだ。奥さんは言う。「うちの人は撮影のこと以外気が利かなくてごめんねぇ」裏を返せば奥さんも猪本さんの仕事は尊敬しているということだ。素敵な夫婦だなと思う。そんな猪本さんの最近のモットーは『はやい、やすい、うまい』。カメラを止めるな!からの引用で、『質はそこそこ』部分をうまいに変えたので、完全に吉野家だ。

 猪本さんは段取りを嫌う。役者の自由を奪うし、芝居の鮮度が落ちていくから。「おれはいい芝居が撮りたいんだ」とよく言っている。だから、カットを割って撮影することも極力避ける。キャメラを2台や3台で、一気に撮ってしまおうとなることも多い。キャメラのアングルや照明など技術的なことを優先せず、それらはいい芝居を撮るためのものという考え方である。芝居の流れを止めず、その空気を壊さないことを一番に考えている。

 足立監督も、あれこれカットを増やしたりせず、芝居よければ1、2回戦でそのシーンをOKにするので、あっという間に終わることも多い。チカ役の水川さんが、「え?もう終わり!?」とびっくりする光景も何度かあった。こんなにとんとん拍子に進んで大丈夫なのだろうかと心配にさえなったりするのだが、撮るべきものは撮れているので何の問題もない。

2台目のキャメラを任せてもらえるとき、ピントを送っている時と、気を遣う部分は当然違ってくる。編集のこともより考えるようになる。猪本さんは一度芝居を見て、Bキャメはあの辺から狙って、とさらっと言ったりするのだが、その位置がとても適確なことが多いので驚かされる。キャメラマンは芝居を、多面的に見ていることを実感させられる。

 クライマックスの川沿いの夫婦喧嘩シーンでは太陽や芝居の関係上、キャメラ3台で一発撮り。2台は手持ちで芝居を最初から狙い、最後はスタッフが逃げ定点のキャメラで狙っている。動きのテストをし、陽がよくなるのを待つ。そして本番、芝居は素晴らしく、記録されている画にも期待が高まる。まず猪本さんのキャメラからチェック。適確なアングルとサイズで迫力のある画が収められており、みんなが口々に褒め称える。次は私が回したキャメラのチェックが始まる。みんな無言である。見終わると誰かが、まあいいんじゃないという。悔しいし、申し訳ないし、この場から逃げ出したくなる。何がいけなかったのか、それはわかっていた。画がゆるいのである。最初から一回しかしないという約束だったため、技術的なミスは許されない、と考えすぎていた。自由に動くであろうAカメに見切れないようにだとか、(自分でピントを送るので、)寄りすぎてピントが遅れないようにだとか。猪本さんはガツンと寄った画を狙うだろうから、ちょっと引いたスリーショットを狙ったりもした(それについては、シリアスな状況の中の滑稽さを、主観で捉え続けるよりもちょっと客観的な視点が入ったほうが面白いと判断した)。猪本さんはチカとアキ方向、私は豪太方向を主に狙っていた。豪太にもっと寄るべきところをビビっていて寄りたりない。後から思えば、こう言った勢いのあるシーンではピントが少々ボケていようが、画がブレていようが構わないときもあり、それよりも芝居に、役者に寄り添う方が大事なのだと思った。クランクアップ後、豪太役の濱田さんに、このシーンについて、もっと豪太にぶつかっていくべきだったと悔やんでいることを伝えた。濱田さんは「本荘くんがしっかり撮ってくれているのがわかって嬉しかったよ」と言ってくれた。役者さんに話すことではないのだが、濱田さんは優しく聞いてくれた上に、何故か絶対大丈夫だと思う、とも言ってくれた。映画では結果とてもいいシーンになっていた。今回収録は主に2Kだが要所では4Kにしており、私の撮った画の緩い部分は上手くトリミングしてもらえたのである。豪太の流した一筋の涙も見えていたのでホッとした。シーンのラストは、川の向こう側にラブホ、家族3人、そして手前にお墓、象徴的でとても面白い。

 助手として参加しているうちからキャメラを回させてもらえることはとても楽しいし、いい経験になる。猪本さんは「俺に着くと勉強になるだろう笑」と冗談めかして言うが、本当にそう思います。


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 高木泰宏 TAKAGI YASUHIRO JSC青年部

 僕が育成塾を卒業して、初めて助手に着いたキャメラマンが猪本さんでした。あれから幾度となく作品でご一緒させていただいており、大変お世話になっています。今作品もお声をかけていただき、もちろん二つ返事で喜んで受けさせていただきました。

 今回の作品は低予算ということでしたが、完成してみると、東京国際映画祭で脚本賞を受賞するなど、大変高い評価を得たということで、参加した身からすると、大変喜ばしく思っています。

 事実、撮影中から、「この映画は絶対面白くなるはずだ」と僕は密かに思っており、それはきっと僕だけではなかったのではないかと思っております。なぜなら、賞を受けた脚本はもちろんのこと、濱田岳さん、水川あさみさん、子役のちせちゃんら出演者、そして美しい自然と美味しいものに満ちた高松という最高のロケ地、そのほかにもこの映画には様々な魅力がたくさん盛り込まれており、撮ってる最中から、かなりいいものが撮れているという手応えが、一介の撮影助手にすぎない僕なんかにもわかるほどあったからです。また、脚本も手掛けられた足立監督がみんなと上手にコミュニケーションを取られていたからか、現場の雰囲気もよく、笑いの絶えない理想的な撮影現場であったことも、作品の完成度に大きく寄与しているのかもしれません。

 そのような現場の中で、撮影の猪本さんは、足立監督とは以前に「14の夜」という作品で一度タッグを組んだこともあるからか、監督の意志をすぐさま汲み取って、サクサクとテンポよく撮影を進めていました。テンポがいい上にBキャメの出る頻度が高く、助手としては大変忙しく、いささかバタバタしてしまい、真夏の高松の日差しの中で、信じられないくらい汗だくになってしまいましたが、そうならないためにもよく準備しておかなければならなかったのだと、準備の大切さを痛感しました。

 猪本さんの撮影スタイルには、無駄にカットを割らない、不必要なテイクを重ねない、というのがあります。「一回きりの芝居」と、以前猪本さんがおっしゃっていましたが、それを大切にしなければならないのだそうです。この「一回きりの芝居」とは何なのか、というのはすごく難しくて深い問題であるように感じます。

 今回のように優れた俳優部の皆さんなら、同じ芝居を一回きりでなく何度でも同じように演じることができるでしょう。引いたり寄ったり、見切れるのを避けたりするために、何度もカットを割ったりテイクを重ねたりすることができるのは、映像というメディアの利点でもあります。最終的につながる映像を演出する立場の人からすれば、出来るだけたくさんの素材を様々なアングルで撮っておきたいという人も少なくないと思います。役者が3行のセリフを言い終わるまでに10カット以上割るなんていうのも、よくある話です。

 しかし猪本さんはそんなことは徹底して避けようとします。できるだけ一連の芝居を止めずに撮ろうとし、そのためにBキャメを多用したり、手持ちで追いかけたりするのです。

 例えば、今回高松の街中で喧嘩しながら歩く夫妻の様子を、モビーで平行移動しながらワンカットで撮ったときのことです。その時問題が起きて、あらかじめ段取りで決まっていたルートを歩くと、背景のショーウィンドウにキャメラが映り込んでしまうことが分かったのです。しょうがなく他のルートを探ってみましたが、どのルートを歩いても、カーブミラーがあったりして、そのルート変更は難航してしまいました。そんな折誰かが、「映り込むミラーの手前でカットを割ったらいいのではないか」と言ったのに対して、猪本さんは断固として反対し、「役者に何回も同じことをやらせたくない」ときっぱり言いました。結局、何とか映り込まないルートを見つけ、ワンカットで撮り終えることができたのですが、少しの妥協も許さなかったあの姿勢には尊敬の念を覚えます。

 映画にはいろんな撮り方があるし、キャメラマンによっても監督によっても様々でいいと思います。しかし、思うに、一回きりの芝居には一回きりの時間が記録されるのではないでしょうか。そこにはその日その時その瞬間にしか起こらなかった演技と、そのパッションしか記録されず、少なくともそこに嘘はない、それだけは作り物じゃない。映画はそもそも作り物ですが、一回きりの芝居は作り物ではない。ニセモノの人生を見せるのが映画だけど、キャメラが切り取るその瞬間瞬間は本当に起こった事、つまりホンモノの時間でなければいけない。そんな猪本さんの気概が伝わってくるような、大変有意義な撮影の日々でした。 


公開日:9月11日(金) 劇場名:新宿ピカデリー他 全国ロードショー 配給会社: キュー・テック バンダイナムコアーツ 制作会社:AOI Pro. 出演者:濱田岳 水川あさみ 新津ちせ 大久保佳代子 坂田 聡 宇野祥平 河合優実 黒田大輔 冨手麻妙 夏帆 ふせえり 光石 研

>スタッフ

製作:川城和実 潮田一 宮前泰志 古迫智典

エグゼクティブプロデューサー:濵田健二 プロデューサー:西川朝子 代情明彦

アソシエイトプロデューサー:森重宏美 長汐祐人

ラインプロデューサー:鶴岡智之 音楽:海田庄吾

撮影:猪本雅三(J.S.C.)

照明:山本浩資

録音:西條博介

美術:平井淳郎 編集:大関泰幸

スクリプター:渡邉あゆみ

衣装:田口 慧

ヘアメイク:花村枝美 キャスティング:田端利江

助監督:松倉大夏

制作担当:柳澤 真

2019/日本/カラー/アメリカンビスタ/上映時間:115分/PG-12   ©2020『喜劇 愛妻物語』製作委員会

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